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最高裁判所第三小法廷 昭和50年(行ツ)77号 判決 1984年5月29日

上告人

東京都地方労働委員会

右代表者会長

古山宏

右訴訟代理人

橋元四郎平

右指定代理人

細見利明

外一名

右補助参加人

全日本商業労働組合

右代理者中央執行委員長

山本達男

右訴訟代理人

小林和恵

川上耕

市来八郎

大川隆司

亀井時子

坂井興一

船尾徹

沢藤統一郎

清水順子

阪口徳雄

村野守義

宮川泰彦

上条貞夫

松井繁明

渡辺正雄

永盛敦郎

佐伯静治

久保田昭夫

清水恵一郎

清水洋二

山本博

藤本正

岡村親宜

岡田克彦

徳住堅治

清見栄

安原幸彦

鈴木修

宮里邦雄

山本政明

塚原英治

被上告人

株式会社日本メール・オーダー

右代表者

石井錬一

右訴訟代理人

成冨安信

青木俊文

山本忠美

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由及び上告補助参加代理人小池通雄、同小林和恵、同川上耕、同市来八郎、同大川隆司、同亀井時子、同坂井興一、同船尾徹、同沢藤統一郎、同清水順子、同阪口徳雄、同村野守義、同宮川泰彦、同上条貞夫、同松井繁明、同渡辺正雄、同永盛敦郎、同佐伯静治、同久保田昭夫、同清水恵一郎、同清水洋二、同山本博、同藤本正、同岡村親宜の上告理由について

論旨は要するに、本件につき不当労働行為の成立を否定した原審の判断には、憲法二八条の違背があるとともに、労働組合法七条の解釈を誤つた違法及び雇用契約の法理、労働条件明示の原則、憲法一八条後段の趣旨等に反する違法並びに理由不備、理由齟齬、審理不尽の違法があるというのである。

よつて、以下に判断する。

一原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  被上告人の従業員が結成する労働組合には、日本メール・オーダー労働組合(以下「労組」という。)と全日本商業労働組合日本メール・オーダー分会(以下「分会」という。)とがあり、本件救済命令が発せられた当時、所属組合員数は、労組が一二〇名を下らず、分会が二十数名であつた。

2  分会は、昭和四七年一一月九日、被上告人に対し、年末一時金として基本給の五か月分プラス一律二万円(一人平均二七万円)の要求をし、労組も、そのころ年末一時金の要求をした。

被上告人は、労組に対して同月二二日、また、分会に対して同月二四日、いずれも第一回団体交渉において、従業員一人あたり基本給の3.71か月分(平均一九万二一〇〇円)を支給する旨及び査定部分の割合は原則として上下二〇パーセントとする旨の回答をした。

被上告人は、従来一時金の支給額を決定する場合には、当年(過去一年間)の売上高を年間平均の従業員数で割つて得た金額を一人あたりの生産性とし、これを前年の生産性で割つて、生産性の上昇率を算出し、右生産性上昇率を前年従業員一人あたりに支払つた賃金(平均基本給)及び一時金の総支給額に乗じて得た金額と、当年の従業員一人あたりに対する総支給額(一時金を除く。)との差額を、当該一時金の支給額とするという方法を採用して来たが、昭和四七年末の一時金に関する前記回答をするに際しても、これと全く同様の方法により支給額を決定した。すなわち、昭和四五年一二月から昭和四六年一月までの間における従業員一人あたりに対する総支給額(賃金及び夏期・年末の各一時金の合計)八二万七四一二円と、これに次年度の生産性の上昇率10.9パーセントを乗じて得た額とを合算し、これから、昭和四六年一二月から昭和四七年一一月までの間における従業員一人あたりに対する総支給額(年末一時金を除く。)七二万五四六八円を控除した一九万二一三一円を基礎として、前記の平均支給額を決定したものである。

3  労組は、右支給額につき強い不満の意を示し、「われわれは、これまで一生懸命働いて来たのであり、これからもより一層仕事に励むから、支給額の上積みをしてほしい。」旨の要求をした。これに対し、被上告人は、将来において従来以上一生懸命に働くというのであれば一時金の支給額につき再検討する旨を約した。また、分会は、右支給額及び査定部分の割合の両方につき不満の意を示したに止まり、交渉はそれ以上進展しなかつた。

4  被上告人は、一時金の支給額につき再検討した結果、従業員が生産性向上に協力する趣旨のもとに一生懸命働くならば、従来の営業成績から推して、昭和四八年には一〇パーセント程度の生産性向上が見込まれるので、右生産性の向上を一部先取りするという方法により従業員一人あたり三一〇〇円の上積みが可能であるとの結論に達した。

そこで、被上告人は、昭和四七年一一月二八日、労組との第二回団体交渉において、「生産性向上に協力すること」との前提条件を付したうえ、基本給の3.77か月分(一人平均一九万五二〇〇円)を支給する旨及び査定部分の割合は前回の回答どおりとする旨の回答をしたところ、労組がこれを受諾して同月三〇日労働協約が成立するに至り、被上告人は、同年一二月八日、労組の組合員に対し年末一時金を支給すると同時に、非組合員に対しても労組と同一条件のもとに同一内容の一時金を支給した。

5  被上告人は同年一二月一日の分会との第二回団体交渉において、「組合は、生産性向上に協力すること及び会社玄閥ドアガラスの破損弁償金七五〇〇円の支払をすること」を前提条件として、労組に対する右回答と同様の回答をし、その後ドアガラスの弁償金に関する前提条件を撤回した。

分会は、右回答のうち、一時金の額及び査定部分の割合については同意の意向を示したが、「生産性向上に協力すること」との前提条件については、人員削減を伴う合理化、労働強化、実質的な賃下げ、労働組合つぶし、労働組合の御用化等につながるものであると考え、その内容について被上告人に質問したところ、具体的な説明は得られなかつた。そこで、分会は、右の前提条件については拒否の態度をとり、他方、会社は、この前提条件が右回答と不可分一体のものであると主張したため、結局本件一時金について妥結するに至らなかつた。なお、右の団体交渉の際、分会は、被上告人から、同日の回答と同一の条件、内容で、既に労組と協約が成立したことを知らされた。

6  被上告人は、その後も本件一時金につき分会と団体交渉を持ち、その際、「生産性向上について協力すること」との前提条件の内容につき「就労義務のある時間中は会社の業務命令に従つて一生懸命働くという趣旨である。」と説明したが、分会は、右前提条件を第二回団体交渉の回答から切り離すべきことを要求し、被上告人は、右前提条件が回答と一体のものであると主張して、両者が互いに譲らないため、本件一時金について妥結するに至らず、被上告人は、分会所属の組合員に一時金を支給しなかつた。

二以上の事実関係に基づき、原審は、被上告人が右前提条件の内容について説明し、しかも既に労組が同一条件で妥結しているにもかかわらず、分会が、被上告人の説明を信用せず、右前提条件に特別の意味が隠されているものと解し、右前提条件には絶対に同意できないとの態度を維持したため、一時金につき会社との間に妥結が成立せず、その結果、分会所属の組合員が一時金の支給を受けられないことになつたのであつて、これは、分会の自由意思に基づく選択の結果にほかならず、他方、被上告人は、従業員の多数を占める労組との間で、右前提条件を付して既に労働協約を結んでおり、また、右前提条件は被上告人にとつて合理的な意味をもつものであるから、被上告人が分会との交渉で右前提条件を維持しようとしたのは当然であり、分会との合意が成立しない以上、被上告人は分会所属の組合員に対して一時金を支払う義務がないのであるから、同組合員が一時金の支給を受けられないこととなつたことは、分会の交渉方針に基づく当然の結末であつて、同組合員の甘受すべきところであり、これをもつて被上告人が同組合員に対し不利益な差別的取扱をしたということはできないとし、被上告人が分会に対し本件一時金につき前提条件を固執して妥結せず分会所属組合員に一時金を支給しないことにより不利益取扱をしたものと認めた本件救済命令の認定は誤りであるから、これを取り消すべきであると判断している。

三原審の確定した前記事実関係によれば、被上告人は、従来、一時金の支給額を決定するにあたつて、当年における生産性の上昇率を前年の支給実績に乗じて得た金額を基礎として算出する方法を採用していたところ、本件一時金支給額を従業員一人あたり平均一九万二一〇〇円と決定したのも同一方法によつたものであり、右決定額に上積みをするについては、翌年において従業員がより一層仕事に励んだ場合に見込まれる生産性の上昇を先取りするという方法をとることとし、一人平均三一〇〇円を上積みする前提として「生産性向上に協力すること」という条件を提示した、というのであるから、被上告人としては、一時金積上げ要求に対する回答内容を実現するために必要なものとして、右前提条件を提示したものということができ、その限りでは右前提条件を提示した被上告人の意図において不当なものがあつたということは困難であるかのように考えられる。

しかしながら、分会において右前提条件を受諾し、労働協約をもつてその旨を協定した場合には、分会は、これに拘束されることになるのを免れないところ、右前提条件の「生産性向上に協力する」という文言は、抽象的であつてその具体的内容が必ずしも一義的に明確であるとはいえないため、これをそのまま労働協約の内容とした場合には、それが分会に及ぼす拘束の内容、範囲等について疑義を生じ、その意味するところについて分会と被上告人との間で見解の一致を見ないこととなる場合も予想されるところであり、このような点において、右前提条件を労働協約の内容とすることには問題があるものといわなければならない。のみならず、生産性向上という用語については、殊に労働老側からの見方によれば、それ自体、人員削減、労働強化、労働条件の切下げ等をもたらすものとして消極的な評価を受けることになることも避けられないのであつて、右交渉が行われていたのは、いわゆる生産性向上運動が深刻な労使紛争にまで発展した事例が広く知られて間もない時期のことであり、当時既にそのことが一般に強く印象づけられていたとみられることをも併せ考えると、被上告人が一時金の上積みをする前提として「生産性向上に協力すること」という条件を提示したのに対し、分会の側においてこれを容易に受諾し難いものと考えたことも、理由のないものということはできないと考えられる。

このように、本件の前提条件が抽象的で具体性を欠くものであり、しかもこれを労働組合が受諾することが労働強化等に連なるという見方も肯認できないものではないことからすると、前記のように一時金の積上げを実施するための前提としてその提案をした趣旨については、被上告人において団体交渉を通じ分会に対しその理解を得るため十分説明することが必要であつたというべきところ、原審の確定したところによると、被上告人は、団体交渉の席で、右前提条件の内容につき「就労義務のある時間中は会社の業務命令に従つて一生懸命働くという趣旨である。」と説明したにすぎないというのであつて、勤務時間内に業務命令に従つて働くということは労働者の義務として当然のことであることからすると、右前提条件を分会が受け入れた場合に分会ないしその所属組合員において右協力義務の履行として具体的に何をすればよいかについて、被上告人は十分な説明をしていないといわざるをえない。そうすると、右一時金の積上げ回答に本件前提条件を付することは合理性のあるものとはいい難く、したがつて、分会がこれに反対したことも無理からぬものというべきである。それゆえに、分会は、被上告人からの右前提条件の提示に対して、これを受諾して自己の要求を実現するという方針をとらず、右前提条件は受け入れ難いものであるとしてその受諾を拒否するという方針を選択したのであつて、その結果分会が自己の要求を実現することができなくなつたのは、一面において、みずからの意思に基づく選択によるものであるというべきではあるが、他面、分会としては、好んでかかる選択をしたものではなく、被上告人が合理性のない前提条件を提示しこれに固執しているためやむなくかかる選択に及んだものというべきであるから、その結果について被上告人側の前記のような交渉の仕方が原因を与えていることは否定し難いところであつて、これをすべて分会の自由な意思決定によるものとするのは相当でない。この場合、分会として、あくまでもその要求を実現しようとするのであれば、ストライキその他の争議行為を行つて右前提条件を撤回させる手段も残されていたということもできないわけではないが、一般に、争議行為は労働組合自身にも幾多の犠牲を強いるものであつて、現実の問題として、組織力及び経済的基盤の十分でない労働組合としてはたやすく争議行為の実施に踏み切れるものではなく、また長期にわたつて争議行為を継続することも困難であることを考えると、労働組合が、争議手段に訴えず、又は争議行為によつても使用者をして要求を受け入れさせるに至らなかつた場合に、それを専ら当該労働組合の力不足によるものであるとする見方は、一面的に過ぎ、にわかに首肯し難いものというべきであり、本件についてもこのことは同様であるというべきである。

四ところで、本件における団体交渉の経緯を仔細にみると、原審の確定したところによれば、被上告人は、昭和四七年一一月二二日に労組に第一次回答、同月二四日に分会に第一次回答、同月二八日に労組に前提条件付第二次回答、同月三〇日に労組との間に妥結、協定成立、一二月一日に分会に前提条件付第二次回答をしたというのであり、また、労組は、右第一回の団体交渉の際、「われわれはこれまで一生懸命働いて来たのであり、これからもより一層仕事に励むから、支給額の上積みをしてほしい。」旨の要求をし、これに対し、被上告人は、将来において従来以上一生懸命に働くというのであれば一時金の支給額につき再検討する旨を約し、第二回団体交渉において本件前提条件を付して上積み回答をしたというのである。右の事実関係からすると、本件前提条体は、労組との第一回団体交渉における話合いに端を発し、労組の側から上積み要求実現のための交換条件として持ち出されたものとみるべきであつて、その内容上、同一企業内にありながら労組とは組織を異にしその方針をも異にしていた分会の当然には受け入れるところとはならないものであろうことは、被上告人としても予測しえたはずである。

五本件前提条件が提示されるに至つた経緯、状況及び右前提条件の内容等に関して上述したところを総合すると、分会において本件前提条件の受諾を拒絶して団体交渉を決裂させるのやむなきに至り、その結果、分会所属の組合員が一時金の支給を受けることができなくなつたことについては、被上告人において、前記のように合理性を肯定しえず、したがつて分会の受け入れることのできないような前提条件を、分会が受諾しないであろうことを予測しえたにもかかわらずあえて提案し、これに固執したことに原因があるといわなければならず、しかも、分会の右前提条件受諾拒否の態度は、理由のないものではないというべきである。そして、一方において、労組が本件前提条件を受諾して団体交渉を妥結させ、一時金につき労働協約を成立させたのに、他方において、分会は、本件前提条件の受諾を拒絶して団体交渉を決裂させ、一時金につき労働協約を成立させることができないこととなれば、右二つの労働組合所属の組合員の間に一時金の支給につき差異が生ずることは当然の成り行きというべきであり、しかも、分会が少数派組合であることからすると、分会所属の組合員が一時金の支給を受けられないことになれば、同組合員らの間に動揺を来たし、そのことが分会の組織力に少なからぬ影響を及ぼし、ひいてはその弱体化を来たすであろうことは、容易に予測しうることであつたということができる。したがつて、被上告人が右のような状況の下において本件前提条件にあえて固執したことは、かかる状況を利して分会及びその所属組合員をして右のような結果を甘受するのやむなきに至らしめようとの意図を有していたとの評価を受けてもやむをえないものといわなければならない。

そうすると、被上告人の右行為は、これを全体としてみた場合には、分会に所属している組合員を、そのことの故に差別し、これによつて分会の内部に動揺を生じさせ、ひいて分会の組織を弱体化させようとの意図の下に行われたものとして、労働組合法七条一号及び三号の不当労働行為を構成するものというべぎである。

以上のとおりであるから、本件の前記事実関係のもとにおいて被上告人について不当労働行為は成立しないものとした原判決は、労働組合法七条の規定の解釈適用を誤り、ひいて理由不備の違法をおかしたものといわなければならない。したがつて、原判決は破棄を免れないところ、本件について不当労働行為の成立を認め被上告人からの本件救済命令取消請求を棄却した第一審判決は正当であるから、被上告人の控訴はこれを棄却すべきである。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(安岡滿彦 横井大三 伊藤正己 木戸口久治)

上告人の上告理由<省略>

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